ピロリ菌病原因子・抗菌薬耐性迅速測定法の開発

研究概要
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は全人類の約半数が感染して、胃癌をはじめとする多彩な消化器疾患を引き起こす世界最大の感染症の一つである。世界的な抗菌薬耐性ピロリ菌の拡大に伴い、2017年WHOは、早急な対策が必要な感染症としてピロリ菌の優先度を“High priority”とし、監視体制および医療対策の強化が求められている。我々は、アジア・中米・アフリカを中心に20カ国以上の共同研究者と国際学術ネットワークを構築している。大分大学におけるピロリ菌分離株の保有数は世界各国から延べ1万株を超え、世界最大規模のピロリ菌バンクを擁している。現在取り組んでいる研究テーマは、1)ピロリ菌の病原性と抗菌薬耐性に関する分子メカニズムの解明とその臨床応用、および2)ピロリ菌を用いた人類の進化の歴史という人類遺伝学との融合研究であり、前者の臨床応用に関しては、胃癌撲滅対策の経済的効率化に向けた、迅速かつ低侵襲性の病原因子・抗菌薬耐性検査方法の開発が特に後発開発途上国において重要課題であることをNature総説誌などで訴えている (Nature Rev Clin Oncol. 2018など)。シーズ対象としての、迅速測定法について述べていく。
1.胃癌スクリーニングに向けた迅速ピロリ菌検査法の開発
東アジア諸国に蔓延しているピロリ菌は東アジア型と呼ばれ、胃癌発症リスクが高い。しかし、従来の酵素免疫測定法による東アジア型ピロリ菌の検査陽性率は約51-81%と低い。そこで、我々が確立した東アジア型由来の抗原発現系を応用し、ピロリ菌感染および病原因子の有無を同時に判定できる迅速抗体・抗原検査法を開発している。我々は、日本人由来ピロリ菌を用いて、発現プラスミド等の最適化を経て、困難とされていた完全長東アジア型CagA蛋白発現系の構築に成功(Med Microbiol Immunol. 2019など)、抗ピロリ菌東アジア型CagA血清イムノクロマトキットを試作し、良好な結果を得ており、さらなる改良を目指している(右図)
さらに最近、我々は、胃癌および十二指腸潰瘍患者を対象にピロリ菌ゲノムワイド関連解析を行い、胃癌発症リスクを高める13個の新規ピロリ菌病原因子一塩基多型を同定しており、これらの因子の検出キットにも応用可能と考える。また、より侵襲性の低い尿を用いた抗体検査法の試作・評価、また同様のイムノクロマト検査法を応用し、ピロリ菌除菌効果を判定できる便中ピロリ菌抗原検出キットの開発も検討している。
2.テーラーメイド化した除菌治療に向けた、迅速薬剤感受性試験の開発
近年の抗菌薬耐性急増により、一次除菌成功率は低下傾向にある。しかし、薬剤感受性試験は、高度な技術や長期作業日数 (1週間以上)を要するため、一次除菌前の薬剤感受性試験は、日本を含めほとんどの施設で実施されていないのが現状である。そこで我々は、ゲノム解析技術を応用し、細菌培養を必要としない新たな迅速抗菌薬耐性検査法を確立したい。煩雑な薬剤感受性試験を簡素化できれば、患者毎のレジメンを投薬前に選択でき、早期除菌の成功に繋がる新たなテーラーメイド治療を提供できる。具体的には、抗菌薬耐性に関与する変異を次世代シーケンサー(NGS)で検索し、形質転換実験により得られた候補の表現型を検証する。現在、Multiplex PCRとNGS (MinION)を組み合わせた迅速ゲノム検査方法を試作、細菌培養不要で患者胃粘膜検体から3時間以内に6つの既知遺伝子変異の有無を判定可能である。迅速ゲノム検出法によって瞬時に判定可能な新規薬剤感受性試験の開発に取り組む。
アピールポイント(技術・特許・ノウハウ等)
Impact Factor 1700点以上, Scopus: h-index 63, ピロリ菌関連国際誌300論文以上
2011年から米国ベイラー医科大学教授、2015年からモンゴル国立医科大学客員教授(モンゴル)、2019年からアイルランガ大学医学部招聘教授 (インドネシア)、タマサート大学ASEAN主任教授(タイ)、マレー大学サバ校客員教授(マレーシア)を兼任。現在、Scientific Reports, PLoS ONE, Frontiers in Microbiology, Toxins, Microorganisms, World Journal of Gastroenterology, Gut Pathogens, Gastroenterology Research and PracticeなどのAssociate Editor。日本ヘリコバクター学会理事(H28学会長)、Europe Helicobacter & Microbiome Study Group (世界最大のピロリ菌学会)のCorresponding fellowとして学会などを運営。山岡は、ブータンのLotay Tshering首相とは旧知の中で、現在胃癌撲滅ガイドラインの制定、さらには新型コロナウイルス感染症に関しても助言を与えている。
応用可能な分野
各種細菌・ウイルス病原因子、変異などの迅速測定法の開発(新型コロナウイルス感染症の変異検出にも応用可能)