磁気計測による鉄鋼材の高度活用技術の開発 ~モータの高効率・低損失化,構造材の材質評価システム開発~

研究概要
鉄鋼材は,身の周りにあるモータから,発電所などのプラントまで,家電分野,自動車分野,産業分野など幅広いところで用いられている。鉄鋼材を構造材と電磁鋼板とに大別すると,前者は機械特性が重要であり,後者は磁気特性が重要である。一般的に鉄鋼材は,磁気的な性質を有する磁性材料であり,図1に示す磁気センサを用いた磁気計測によって,磁気的な性質である磁気特性を測定することが可能である。機械特性は磁気特性から推定することが可能である。当研究室では,鉄鋼材の磁気特性を計測,そこから磁気特性あるいは機械特性を明白にし,場合によっては磁気特性・機械特性を制御することによって,図2に示すように鉄鋼材の高度な活用方法に関する研究を行なっている。具体的には,①モータに用いられている電磁鋼板(鉄鋼材)の最適形状を決定する,あるいは磁気特性を改良することによって,モータの高効率・低損失化,②自動車部品軽量化を目的とし,高強度化した自動車部品鋼材(鉄鋼材)の材質評価システムの開発,③プラント安全性向上を目的とし,プラント構造材(鉄鋼材)の材質劣化度合い評価システムの開発,である。それぞれの項目の具体的な内容を以下に示す。
① モータの高効率・低損失化
図3は,電磁鋼板の磁気特性計測データを活用し,モータステータ形状を最適にすることによって,重量当たりの出力が世界最高クラス(2019年2月時点)となるモータを開発した研究成果である。本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業に基づくJAXA宇宙探査イノベーションハブの共同研究として,複数の大学,企業にて実施した。
https://www.jaxa.jp/press/2019/02/20190207a_j.html
また,図4は,短時間の熱処理によってモータ積層コアの鉄損を低減するシステムの開発を目的とした。モータに用いられている積層コア(電磁鋼板の積層)は,打ち抜き工程,積層工程等の製造工程時に残留応力が発生し,磁気特性は劣化,鉄損が増加することが一般的に知られている。本研究では,我々が考案した「二次電流加熱法」により,モータ積層コアを短時間で効率的に加熱することによって鉄損低減化を可能とし,既存のモータ製造工程にも容易に導入可能でかつ運用も低コストな「熱処理システム」の開発を目指している。
② 自動車部品鋼材の高強度化評価
図1に示した鉄鋼材の磁気特性計測技術を応用して,自動車部品軽量化を目的とし,高強度化した自動車部品鋼材(鉄鋼材)の材質評価システムの開発を行なった。図5は,材質評価システムのために提案した周波数掃引励磁スペクトログラム法(FSES法)である。磁気センサにより,複数の周波数で励磁することによって,鉄鋼材の材質特性=機械特性を測定する。最右図に横軸を磁気センサ位置,縦軸を周波数,内部の色を磁気特性の強度として表示したスペクトログラムを示す。スペクトログラムは,鉄鋼材の材質変化無ければ,高い周波数部で赤色,低い周波数部で青色,その間の周波数で連続的に変化する。鉄鋼材の材質変化があると,最右図下のように,周波数に対して乱れたスペクトログラム分布となり,視覚的に材質変化を判定することが可能である。図6(a)に,高強度化していない自動車部品鋼から測定した磁気信号のスペクトログラム,図6(b)に高強度化した自動車部品鋼から測定した磁気信号のスペクトログラムを示す。一見してスペクトログラムが全く異なり,定性的に材質評価が可能であることが分かる。スペクトログラムを信号処理することによって,定量的に材質評価を可能とした。なお,共同開発元では,産業用誘導加熱処理によって,自動車部品鋼の強度を任意にコントロールすることが可能である。
③ プラント構造材の劣化損傷評価
X線,超音波,磁気などを用いて構造物等の小さなき裂・傷を検出することは,非破壊検査手法としてある程度確立された技術である。劣化損傷評価システムは,き裂・傷の検出から更に一歩進んで,構造物・金属製品に対して,磁気センサを用い,き裂発生前における金属劣化損傷の度合いを定量的に評価するシステムである。鉄鋼材が高温で使用される場合,図7に示す通りクリープ損傷を受ける。加速クリープ領域では損傷が変形を伴うため,磁気センサで検出することは容易であるが,その前段階の損傷である定常クリープ領域ではほとんど変形を伴わないため,クリープ損傷評価が困難である。図8に定常クリープ損傷を磁気センサで評価した結果を示す。中央の溶接部でスペクトログラムが変化しており,定常クリープ損傷を評価可能であることが分かる。
④ 工場・プラント設備の予知保全技術に関する研究
工場・プラント設備で実施されているのは,定期的に検査を行うTBM(Time Based Maintenance, 時間基準保全)である。設備を有効活用するためには,CBM(Condition Based Maintenance, 状態基準保全)の重要性が叫ばれてから久しい。材質評価システムを応用した予知保全技術に関する研究にも取り組んでいる。
アピールポイント(技術・特許・ノウハウ等)
・モータを含めた電磁応用機器の高効率・低損失化
・材料強度評価システム
・材質劣化度合い評価システム
・計測工学に基づいた予知保全
・電気学会の研究専門委員会,「電磁機器高性能化に向けた電力用磁性材料活用技術調査専門委員会」,委員長(2020年5月~2023年3月)
応用可能な分野
モータ,発電機,変圧器,電磁応用機器,材質評価,材料評価,金属疲労評価,電磁計測,予知保全